つぶやき・・・・162

 

 


地域の幸せ

                                                                
                             年末大売出しののぼり旗が駅前のシャッター商店街にさびしくなびく。

                             思えば、地方の商店街は商品とお札の交換の場だけではなかった。
                             「御用聞き」というのは、今日なら大変高いコミニケーション能力と評価できよう。
                             ”つけ”でも買えた。電気屋の修理や裏の鍛冶屋が大事な品物を生き返らせてくれた。
                             多種多様かつ複合的なサービスは社会的な意味合いを持っていた。
                             しかし、住民はスーパーや大型モールの価格や便利さだけに目を奪われた。

                             昨近、住民の高齢化とともに、商店街が地域住民の生活を支える役割を果たしていたことにハッと気が付くのだ。

                             農業、農村に目を向けると、こうした商店街の変遷と共通する部分がある。
                             部落の農道や用水の協働管理をなしてこそ自分の農地の耕作ができる。農業は自ずと地域を形成した。
                             収入はそれほどでもないが、「農は国の基」であると誇りがあった。

                             だが、今日では誰のための農業か?
                             稼ぐためではない、生業としての仕事でもない。
                             ご先祖から授かった財産を守りたいという理由が多い。
                             よって、強制的な農地買収の機会を期待している。これ本音。

                             かなわぬことかもしれないが、農家が本来の「仕事」、「誇り」を取り戻すことが幸せの入口だろう。                    
                             この前提となる商店と商店の連携、農家間の連携、それ自身が豊かさ、幸せになると思う。                                                            


2015.12.24

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