つぶやき・・・・14


グローバル化における判断

  町内会で近隣公園の除草を 終え、市役所のトラックが草をつめたポリ袋を取りに来てくれました。

  ご婦人方・・「市はよくやってくれて助かるね。」
  若 者 ・・・・「ごみの運搬を自治会に任せた市長がいるよ。」
  年配の男性・・「以前は、自分らで公園の土に戻す処分をした。トラックや草の処理の経費は結局自分らが払うのだがね。」

  こういう問題なら感覚的に分かりますが、グローバル化した今日、なんとも難しい問題がでてきます。

  ある女性の活動家が親しい地元国会議員に詰め寄りました。「拉致問題を解決しないで,なにが阿部総理大臣ですか!」
  議員は苦しげに、「拉致問題は100人の命の問題、一方、核・ミサイルは計り知れない命にかかわる問題。日本ではこれらを同じまな板の上で扱わねばならんのだが、国際的にはそうばかり言っておられんのだ・・・・・。」

  BSEの検査について、全頭を検査する必要はないとアメリカ。なにがなんでも残らず検査という日本。科学的論拠の差ではなく、安全の上に安心も加えた結果というべきでしょうか。
  根底には動物や食肉あるいは社会的リスクに対する感覚に民族差もあるのでしょうね。  


2007.3.21

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